第3話:シングル母の私が、息子との会話のために「徹夜」を続けた理由
私は二十歳という若さで、シングルマザーとして息子を出産しました。 それから四半世紀。育児や教育について、人様に偉そうな講釈を垂れるつもりは毛頭ありません。ですが、私が息子という一人の人間と対等に向き合うために、どれほどの「悪あがき」を続けてきたか。その記録を少しだけお話ししようと思います。
私が家庭を営む上で、自分自身に課した絶対的な鉄則がありました。 それは、**「家庭内を絶対に『無言』にしない」**ということです。
私は母親であると同時に、父親の役割も一人で果たそうと必死でした。家の中に会話が途絶えた瞬間、この小さな組織は崩壊する。そんな強迫観念に近い危機感を常に抱いていたのです。そのために、私は息子の興味の対象を執拗に追いかけ、話題を振り続けるという「情報戦」に身を投じました。
ジョジョ一挙見と、「無駄無駄」な日々の記録
息子が幼い頃、最も効率的に食いついてきた話題は、アニメや漫画、そして作家さんのエピソードでした。 そのために、私は自分自身は全く興味のないアニメを、仕事帰りの体に鞭打って「徹夜」で一挙見し、設定やキャラクターを必死に下調べしたのを覚えています。
特に息子が心酔していたのは、**『ジョジョの奇妙な冒険』**でした。 正直なところ、私個人の感性としては「……イマイチかしら」というのが本音でしたが(笑)、そんな弱音を吐いている暇はありません。中途半端な知識で知ったかぶりをしようものなら、思春期特有の「塩対応」でバッサリと切り捨てられるのが目に見えていたからです。
今でもたまに、ふとした拍子に私が「無駄無駄無駄無駄ァー!」と叫んだり、DIOの真似をして「ザ・ワールド!」とポーズを決めたりしてふざけ合います。
「あんたのスタンド、Bell(今は亡き愛犬)だよね?」
「……役に立たねースタンドだわ(笑)」
そんな会話ができる関係。今思えば、私はただ息子に「かまってもらいたかった」だけなのかもしれません。必死に共通言語を探していたのは、彼を教育するためだけではなく、私自身が独りぼっちになりたくなかったから。その一心で、私は必死に彼の世界へと潜り込んでいったのです。

盗み見の受験勉強と、50問の英単語テスト
息子が成長するにつれ、話題の難易度は上がっていきました。時事ネタ、政治、経済。 学の無い私は、ここでも再び「下調べ」を余儀なくされました。本を読み漁り、息子が寝静まった後に教科書を「盗み見」しては、現代の学問を学び直す日々。受験勉強に励む彼の横で、私もまた、見えない敵と戦う戦友のように学び続けました。
毎日、欠かさず作った「50問の英単語テスト」。それが彼の学力を押し上げたのか、それともただの私の自己満足だったのかは分かりません。ですが、その積み重ねがあったからこそ、親子関係は今も良好なのだと、私は自分に言い聞かせています。
「蛙の子は蛙」という、逃げられない血脈
「ひとりで産み育てる」 そう周囲に言い放ち、強がって生きてきたあの頃の私。今思えば、私の母はどれほどの不安と悩みに晒されていたことでしょうか。親になって初めて、その痛みが少しだけ理解できる気がします。
そして、現在の息子を見ていて思うのです。あの、時折放たれる周囲を凍り付かせるような「爆弾発言癖」。それは間違いなく、私から引き継がれた血脈なのだと。 「蛙の子は蛙」 遠回りばかりの親子です。ですが、今さら素直に「寂しい」なんて言えるはずもありません。だから私は、今日も「無駄無駄」と叫びながら、彼との距離を測り続けています。
「次は何を勉強すれば、あの子は私に話しかけてくれるかしら( ´∀`)ハハハ」
そんな不器用な願いを胸に、私は今日も、2026年の騒がしい日常を泳ぎ続けています。
不器用でも、遠回りでも、向き合い続けることが親子の時間なのかもしれません。思春期の子供との関係に悩んでいるあなたに、この記事が少しでも「あるある」と思ってもらえたら嬉しいです。
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