第3弾:ズッキーニの話を、3回ループした件

45歳の再出発

忘却の呪いがかかった職場で、私は今日も微笑

この職場には「忘却の呪い」がかかっている

魔窟シリーズ第3弾です。

前回は「別に。」という一言に魂を削られた話を書きました。処方箋の件、読んでいただけましたか。今回はさらに別の角度から、この職場の「呪い」に迫ります。テーマは「忘却」です。

ある日の休憩時間。事務長と主任、そして私の三人で雑談をしていました。話題はなぜか「ズッキーニの食べ方が分からない」という、実にのどかなものでした。

のどかな話題のはずが、この会話が私の中に静かな怒りの火を灯すことになります。

プロの助言を、3回ドブに捨てる技術

以前、料理教室の講師もしていた私は、プロとしての技術を惜しみなく披露しました。下処理の方法から、火の通し方、家族が喜ぶ味付けまで。我ながら、なかなか丁寧で実践的な説明だったと思います。

しかし返ってきたのは、

「あー、そんな手間かけたくないし。家族も喜びそうにないわ(笑)」

……。

聞く気がないなら、最初から尋ねないでほしい。そう思いながらも、元百貨店販売員時代に鍛えた仮面が今日もフル稼働です。にっこり微笑んで、「そうですよね〜」と流しました。

問題はここからです。

全く同じ会話をするのは、今日で「3回目」でした。

1回目。丁寧に説明しました。もしかしたら役に立てるかもしれないと、少し嬉しい気持ちもありました。 2回目。「また同じ話か」と思いながらも、今回こそ参考にしてくれるかもと、再び説明しました。 3回目。もはや様式美です。説明しながら、私は悟りの境地に達していました。

聞く気がない。覚える気もない。それでも懲りずに尋ねてくる。この「忘却と質問のループ」に、私は一体何を期待し続けていたのでしょうか。

「次に同じ質問をされたら、ズッキーニはスーパーで買えますよ、とだけ答えよう」

心の中でそう固く決意しながら、私は今日もにっこりと微笑みました。百貨店品質の笑顔は、こういう時のためにあるのかもしれません。

根本にあるのは、他者への無関心

処方箋の「別に。」も、ズッキーニの3回ループも、表面は全く違う出来事です。でも核心は同じだと思っています。

この職場の本質は、「連携の不在」ではありません。もっと根深いものです。他者が存在していることへの、根本的な無関心。「あなたが何を感じているか、私には関係ない」という無意識のメッセージが、日々あらゆる角度から飛んでくるのです。

悪意がない分、タチが悪い。本人たちは何も気づいていないのですから。傷つけようとして傷つけているわけではなく、ただ単純に、他者の存在が視野に入っていない。その静かな無関心こそが、この職場で人が消耗していく理由なのだと思います。

息子世代の先輩に「気遣い」を求めるのも、事務長に「知性」を期待するのも、もはや無駄なのかもしれません。言葉の通じない種族に、同じ価値観を求めることほど消耗することはないのです。

魔窟は、踏み台に過ぎない

私はここを「安住の地」にするつもりはありません。

3年という期限が決まっている派遣の仕事。その期限までに、私は自分の「自由」を掴みに行く。この職場はそのための踏み台に過ぎないのです。

この想定外の波乱も、日々の理不尽も、ズッキーニの3回ループも、全部ひっくるめて私の「自由を掴むまで」のネタにしてやる。そう決めています。

そして今夜も、定時のチャイムと同時に席を立ち、元百貨店販売員仕込みの笑顔を仮面ごとロッカーに仕舞い込んで、私は私の「聖域」へと帰ります。帰宅後の限られた時間で、この記事を書きながら。

職場の「忘却の呪い」に日々消耗しているあなたへ。悪意のない無関心は、悪意のある攻撃より静かに、でも確実に心を削ります。その疲れは、気のせいでも弱さでもありませんよ。

魔窟よ、今日もネタをありがとう(´∀`)ハハハ

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