告げる、残酷な「C判定」
封筒を開けた瞬間、現実が牙を剥いた
先日お話しした「最新設備の別世界」で受けた健康診断の結果が、ついに手元に届きました。
封筒を開ける瞬間のあの感覚、伝わりますか。タブレットで優雅にエスコートされ、最新機器でスキャンされ、特別な体験をした対価として突きつけられる現実。あの緊張感は、健康診断というイベントの中で唯一「昭和」が残っている瞬間かもしれません。
そして私の総合判定は、まさかの**「C」**でした。
これまでの人生、視力だけは自信があった
正直に言います。かなりショックでした。
これまでの人生、私はずっと裸眼で両目1.0以上をキープしてきました。視力検査の表を一番下まで読み切ることは、私にとって疑いようのない「日常」であり、自分という個体を支える確固たるスペックの一つだったのです。
それが今回、左0.2、右0.6。
数字として明確に見せつけられると、言い訳のしようがありません。遠くの看板が読めない、駅の案内板がぼやける。これほどまでに生活の質が下がり、じわじわと苛立ちが募るものだとは思ってもいませんでした。「はっきり見える世界」がいかに当たり前ではなかったか、失ってから初めて気づくというやつです。

思い当たる節が、多すぎる
「なぜこうなったのか」と自問する前に、答えは既に分かっています。
深夜、暗闇の中で繰り広げられるスマホでの動画一挙見。現実の理不尽から逃避するために没頭するソーシャルゲーム。そして抗いようのない加齢とプレ更年期の影響。
原因が複合的すぎて、どこから手を付ければいいのか分かりません。しかもその大半が自分の不摂生による「自業自得」であるという事実が、私にぐうの音も出させないのです。
魔窟での筋トレ(笑いを堪える作業)は順調ですが、目のケアは完全に後回しにしていました。反省しています。少しだけ。
内臓はまだ、私の「独裁」に耐えてくれている
さらに追い打ちをかけたのが、貧血でのアウト判定でした。
判定コメント欄の「栄養が足りていません」という事務的な一言に、思わず苦笑いが出ました。自分では食事に気を配っている「つもり」でしたが、体は正直です。自由を掴むことに必死で、自分という乗り物の燃料補給を怠っていた報いでしょう。
ただ、他の項目がすべて「A」だったことだけが救いです。
内臓はまだ私の独裁に耐えてくれているようです。ありがとう、内臓。君たちの忍耐力には頭が下がります。しかし視力と貧血だけで「C判定」を下すこの最新センター、お世辞や加減を一切してくれない冷徹な審判者でした。優雅なタブレット対応の裏に、容赦ない現実を突きつける二面性。なかなかやります。
C判定は、体からの「そろそろ本気出せ」サインである
これが2026年現在の私です。
病気を患って寝込んでいるような時間は、1秒たりともありません。べっちゃんとの別れを乗り越え、シングル母として社会復帰し、3年という期限の中で自由を掴みにいく。そのためには何よりも、自分自身のメンテナンスが不可欠です。
視力が落ちたなら補う。栄養が足りないなら補給する。泥臭い現実に飲み込まれないために、自分の体という「資本」を立て直す。

C判定は敗北ではありません。「そろそろ本気で自分の体と向き合えよ」という、体からの切実なサインです。
「明日からまた、ぼやけた世界を力尽くで睨みつけてやろうかしら(´∀`)ハハハ」
そんな不敵な決意を胸に、私は次なる一歩を踏み出す準備を始めるのでした。
40代の視力低下は、多くの方が経験する変化のひとつです。「最近見えにくくなったかな」と感じているあなた、それはサインかもしれません。眼科への受診、一緒に先送りにしないようにしましょう。私もたぶん、きっと、おそらく笑。



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