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魔窟に潜入して、数ヶ月が経った
3ヶ月前、45歳の再出発を誓って足を踏み入れたこの職場。前任者が跡形もなく消え去ったという曰く付きの場所で、私はようやくその「真実」の輪郭を掴みつつあります。
ゾッとするほど全員がニコニコで優しい。なのになぜか背中がうすら寒い。その正体が、少しずつ見えてきました。
そして今日、決定的な「一言」に出会いました。
事件は、一通の処方箋から始まった
患者様から「中身が違う」というご指摘を受けました。
私は即座に、診察中の担当医のもとへ走りました。診察室の前で数分待機。ようやく確認を取り付け、息を切らして受付へ戻りました。

ところが、そこに患者様の姿がありません。
待合室の隅々まで視線を走らせます。いない。焦りながら、真横に座っていた同僚に尋ねました。彼女は私より一回り以上年下ですが、ここでは「先輩」です。息子と同じくらいの年代。もう少し可愛げがあればいい子なのに、と常々思っている「無愛想の標本」のような存在です。
私:「すみません、さっきの処方箋の患者様、どこかへ行かれましたか?」
同僚:「あ、それ。もう新しく書き換えたの渡したんで、今持ってるのは捨てていいですよ」
……はい?
私が医師の診察が終わるのを待ち、確認のために奔走し、今こうして必死に患者様を探している姿を、貴女は真横で見ていましたよね?尋ねるまで黙っていたということは、もし私が尋ねなかったら、私は永遠にこの迷宮を彷徨い続けていたということでしょうか。
私:「(にっこり笑顔で)あ、そうだったんですね。対応してくださって、ありがとうございました」
同僚:「別に。」
「別に。」
その一言を聞いた瞬間、私の心の中で何かが静かに弾けました。
「一言」の欠如が、じわじわと魂を削る
一言、言えばいいだけなのです。
「対応しておきました」たったそれだけで、私の数分間の奔走は報われていた。その「一言」の欠如。情報の目詰まり。他人の労力に対する想像力の枯渇。
これが毎日、何度も何度も、地層のように積み重なっているのです。
この職場の本質は「連携の不在」ではありません。もっと根深いものです。他者が存在していることへの、根本的な無関心。「あなたが何を感じているか、私には関係ない」という無意識のメッセージが、日々あらゆる角度から飛んでくるのです。
前任者が文字通り「飛んだ」理由。それは激務でも低賃金でもない。この、人間としての「血の通わなさ」に魂を削られたからに違いない。そう確信した瞬間でした。
思い返せば、入職初日に院長から「新しい風を吹かせてほしい」と個別に声をかけられたことも、病棟の看護師さんから「あそこは逃げ場がなくて大変だと思うけど頑張ってね」と名指しで言われたことも、全部この「血の通わなさ」という一点に収束していく気がします。
表面上は完璧に優しい。でも、誰も誰かのことを本当には見ていない。その静かな恐ろしさが、この職場の正体なのかもしれません。

それでも、違和感を感じられる自分でいたい
私がまだ「別に。」という一言に引っかかっているということは、私はまだこの魔窟の毒に染まっていないということです。
怒れる。違和感を感じられる。腹が立つ。それは、私がまだ「まともな世界」の住人である証拠だと思っています。感情が動くということは、まだ心が生きているということです。
元百貨店販売員時代に鍛えた仮面は今日もフル稼働ですが、仮面の下では確かに何かが弾けています。その弾けた感情を、私は今夜もこうして記事に変換します。怒りも、理不尽も、全部ネタにしてしまえば、少しだけ明日が軽くなる気がするから。
もしあなたの職場にも、悪意なく「別に。」と言える人がいるなら。毎日小さな無関心を積み重ねられているなら。それはあなたのせいではありません。ただ、その違和感だけは手放さないでいてください。
魔窟よ、今日もネタをありがとう(´∀`)ハハハ
職場での小さな無関心の積み重ねに疲れているあなたへ。その疲れは気のせいでも弱さでもありません。「別に。」の一言に引っかかれるうちは、まだあなたの心は健在です。その違和感だけは、手放さないでいてください。



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