NYで30年サバイバルした人を嘲笑う、茹でガエルの件

45歳の再出発

狭い物差しで他者を測る人は、自分が茹でガエルだと気づかない

受付窓口は、人生の縮図が集まる場所だ

医療事務の受付窓口というのは、実に様々な人生が交差する場所です。

患者様はもちろん、そのご家族、付き添いの方。それぞれが異なる人生を背負って、この窓口の前に立ちます。私はその一つ一つに、密かに耳を傾けながら仕事をしています。

先日、ある患者様のお子さんについての話が聞こえてきました。

その方は今から30年ほど前、高校を卒業してすぐ単身でニューヨークへ渡り、今も向こうで商売を続けているというのです。一度も帰国していないと。

私は思わず心の中で叫びました。「凄すぎる!!」と。

NYで30年サバイバルすることの、本当の意味

ニューヨークで30年間、商売を維持し続けること。

これがどれほどのことか、少し考えてみてください。NYはゴリゴリの資本主義社会です。才能と実力と運がなければ、あっという間に飲み込まれる場所。エリートと呼ばれる人間でさえ、儚く散っていくことが珍しくない世界の頂点に君臨する都市です。

そこで30年。しかも高卒単身で渡って。

相当の覚悟と努力と運が重なった結果に違いありません。日本という閉塞した環境を飛び出し、言葉も文化も違う土地で30年間踏ん張り続けた。その事実だけで、十分すぎるほどの勲章だと思います。外で本当の意味で成功している人間が、こんな閉塞した国に帰りたいわけもない。それは至極当然のことです。

ところがその話を聞いた人物が、こう言い放ったのです。

「日本でダメだったから行ったんでしょ」

私は受付の椅子に座ったまま、静かに固まりました。

無知は、時として罪になる

知らないことは恥ではありません。誰だって知らないことはある。でも知らないまま「自分の狭い物差し」で他者の30年間の努力を貶めることは、人間としての品格の問題だと思います。

外の世界で30年サバイバルし続けた実力と、ぬるま湯の中で外を知らないまま過ごしてきた内側の人間。どちらが真に「強い」かは、論理的に考えれば明白です。でもそれを嘲笑える無知こそが、最大の「罪」かもしれません。

私自身も内側にいる人間なので、偉そうなことは言えません。でも日本が海外から受けている評価が極めて低いことくらいは分かります。インバウンドで活況に見えていても、外資や本物の才能は「投資先」として日本を素通りしています。ビシッとスーツを着たビジネスマン風の外国人を、街でほとんど見かけない。ミュージカルやアートの世界でも、音楽でも、テクノロジーでも、世界の第一線で活躍している日本人の多くは「外に出た人間」です。内側に留まり続けた人間が、外に出た人間を「ダメだったから」と笑う。その構図の歪さに、危機感を感じないのでしょうか。

茹でガエルは、自分が茹でられていることに気づかない

ぬるま湯の中でじわじわと温度が上がっていくのに、カエルは気持ちよくて動けない。気づいた時には手遅れになっている。「茹でガエル」という寓話が示すのは、まさにそういう状態です。

狭い世界の中だけで「自分こそ正しい」という物差しを磨き続けた人間は、外の世界が見えなくなっていきます。見えないだけならまだいい。見えていないのに、外の世界を「ダメだったから逃げた場所」と断じてしまう。

選民意識が強ければ強いほど、自分が茹でガエルになっていることに気づけない。

外の弱肉強食の世界で30年踏ん張り続けた人間を嘲笑えるその自信は、一体どこから来るのでしょうか。嘲笑っている本人が、実は一番「ぬるま湯」の中で眠り続けているのかもしれません。

無知は罪だと、改めてシミジミと感じた受付の午後でした(´∀`)ハハハ

あなたの物差しは、正確ですか?

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