第2話:自立なんて美談じゃない。親子で泥沼を這った2年間
「息子さんは自分で学費を?なんて自立した親孝行な息子さんなの!」 第1話を読んだ方や、事情を知らない方からは、よくそう仰っていただきます。 ですが、母親である私からすれば、答えはNOです。 「当然のことであり、自業自得」。それが私の偽らざる本音なのです。
1. 突然の迷走と、1年後の「ほらね」
話は、息子が高校を卒業するころに遡ります。 大学進学を当然の目標としてきたはずの息子が、ある日突然、こう言い出しました。
「やっぱ大学行かず、就職するわ」
私は耳を疑いました。どれだけ準備を重ねてきても、この土壇場で梯子を外すのが息子という人間です。 「後になって後悔しても知らないよ」という私の忠告も、当時の彼の耳には届きませんでした。 案の定、1年が経過したある日、息子はこう告げたのです。
「やっぱ大学行かないと、話にならないわ(笑)」
……ほら、言わんこっちゃない。
私の怒りは通り越し、深い溜息へと変わりました。この「時間の無駄」こそが、彼の人生のデフォルト設定なのだと思い知らされた瞬間でした。
2. 収入ゼロ、貯蓄を切り崩す中での「依頼」
当時の我が家の状況は、まさに崖っぷちでした。 家庭の事情で私は働けず、収入はゼロ。 細々と貯めてきた蓄えを、削り取られる肉のように切り崩して、その日その日の生活を繋いでいた時期だったのです。
そんな余裕のない私に向かって、息子はとんでもない「依頼」を投げ込んできました。
「学費は自分で貯めてから行く。でも、自分一人だと怠けるから、母さんに『スパルタ監視業務』をしてほしい。全面的に協力してくれ」
それが、2年間に及ぶ親子での「泥沼生活」の幕開けでした。
3. 「監視員」と「囚人」の、終わりなき2年間
「全面的に協力する」――その言葉に嘘はありませんでしたが、それは生易しいものではありませんでした。 あの子がバイトで学費を稼ぎ、独学で国立大学を目指す。そのための「監視」は、日常のすべてを支配しました。
私の役割は、彼の精神的な逃げ道をすべて塞ぐことでした。 バイトから帰宅して疲れ果て、机で寝落ちしていれば、容赦なく叩き起こす。 模試の結果が悪ければ、生活費の困窮ぶりを突きつけ、「ここで落ちたら後はない」と精神的に追い詰め、崖っぷちに立たせ続けました。
「良い思い出」なんて、今の私が勝手に書き換えた美談に過ぎません。 当時は、あの子も私も常に神経を尖らせ、一触即発の空気の中で生きていました。 私が収入ゼロの恐怖に怯えながら通帳を眺める横で、あの子は限界までバイトを詰め込み、空いた時間に英単語を叩き込む。
それは自立なんてキラキラした言葉ではなく、泥の中を這いずり回るような、必死の延命措置だったのです。

4. 息子という人間と、繰り返される「遠回り」
途中で断念するかと思っていましたが、彼は執念で地元の国立大学に入学しました。 私も精神的に追い詰め、全力で彼を支えた2年間。 合格が決まった瞬間、やっとこの戦いが終わるのだと安堵したはずでした。
しかし、息子という人間は、こういう子なのです。
「効率良く動いているつもりが、人よりずっと遠回りしていることに気づいていない」
今回の「留年」という選択も、彼にとっては「いつもの遠回り」の一つに過ぎないのでしょう。 親子で泥沼を這って掴み取った「大学生」という肩書きを、再び彼自らが引き延ばし、ロスタイムに突入させたのです。 呆れを通り越して、私はもう笑うしかありませんでした。 息子の人生という名の「迷路」に、私はまた1年、付き合わされることになったのです。
子育てに正解はなく、親も子も試行錯誤しながら育っていくものだと、今なら少しだけ思えます。40代で子供の受験や就活を経験しているあなたへ。完璧な親なんていませんよ、お互いに笑。
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