ふと顔をあげたら、皆アリンコに見えた件

45歳の再出発

光を拝む、無機質な巡礼者たち

通勤電車やバスの車内。ふと顔を上げると、そこには異様な光景が広がっています。 座っている人も、吊り革を掴んでいる人も、8割以上の人間がスマホを凝視している。動画配信、SNS、ゲーム、漫画……。それぞれ見ている世界は違うはずなのに、傍目(はため)には全員が同じ無機質な動作を繰り返している。

青白い光に照らされた無表情な顔。指先だけが機械的に動き、意識はどこか遠い仮想世界へ吸い込まれている。その光景は、どこか不気味で、滑稽でもあります。現代の「祈り」の形は、もはや神ではなく、手のひらサイズの板に向けられているようです。

かつての私も、その「同化」した一員でした。ですが最近は、スマホを閉じ、ぼんやりと車窓や周りの光景を眺めるようになりました。……正直に言えば、PCとスマホの見すぎで、シンプルに「目が限界」なだけなのですが。

しかし、画面を閉じたことで、私の視界には「異様な現実」が流れ込んできました。

巣穴へ吸い込まれる、真っ黒な隊列

駅に着くと、真っ黒な姿の集団がぞろぞろと吐き出され、並んで歩いていく。そして、それぞれの「巣穴(会社)」へと吸い込まれて消えていく。その姿は、まるでお菓子の欠片(かけら)を運ぶ**「蟻の隊列」**そのものです。

「みんないつまでこれを続けるんだろう」 「自分たちはどこへ運ばれているんだろう」

そんな疑問を抱く余裕すら、あの隊列の中では許されないのかもしれません。思考を停止し、ただ前の人間の背中を追い、決まった時間に決まった場所へ運ばれていく。45歳、シングルマザー。18年連れ添った愛犬Bellとの別れを抱え、プレ更年期の重い体を引きずりながら、私もまた、その隊列の一部として「医療事務」という巣穴へ向かっています。

プレ更年期が教える「脱走」のタイミング

最近、私の体が悲鳴を上げています。目の疲れ、原因不明の倦怠感、そして「このままでいいのか」という心のざわつき。これは、単なる衰えではなく、人生の「延長戦」に入るための警報なのだと感じています。

息子もまた、安易な道を選ばず、自らの意志で現状に踏みとどまり、次の戦いを見据えています。親子揃って、誰かが用意した既定のレールを歩むことへの違和感を抱えている。ならば、親である私も、いつまでもこの真っ黒な集団の中に埋もれているわけにはいきません。

私を縛り付けていた「役割」は、少しずつ形を変え、私の中に「個としての自由」を求める渇望を呼び起こしています。

脱走へのカウントダウン

私自身、今はまだその隊列の中に身を置いています。ですが、心の中では虎視眈々と「脱走」のチャンスを狙っています。こうして言葉を綴り、自分の思考を形にし、誰かの指示ではなく自らの力で「生きていくための糧」を掴み取る。

スマホの光に依存する巡礼者たちを横目に、私は窓の外の景色を焼き付けます。 「私はもう、そっち側には戻らない」

この長い列から一歩外へ踏み出す日は、そう遠くないのだと感じています。蟻の隊列から離れ、自分の足で大地を踏みしめ、自由を掴み取るための準備は整いつつあります。

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